大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和51年(あ)628号 決定

本籍

大阪府東大阪市大蓮東二丁目一四六四番地

住居

大阪府八尾市東久宝寺三丁目六番七号

鉄工業経営

西田悦子

昭和一一年二月一五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和五一年三月一一日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人丸尾芳郎の上告趣意第一点は、憲法三一条違反をいうが、その実質は事実誤認の主張であり、同第二点は、量刑不当の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 岸上康夫 裁判官 藤崎萬里)

○昭和五一年(あ)第六二八号

被告人 西田悦子

弁護人丸尾芳郎の上告趣意(昭和五一年五月一二日付)

第一点 原判決は憲法第三一条に違背し、法律の手続によらずして判決をした違法がある。

即ち経験則に違反して重大な事実を誤認し、その誤認に基き判決をしたのは憲法第三一条所定の法定手続を経たものとは謂い難く違法である。

被告人は原審において昭和四三年度、同四四年度において簿外経費として各五〇〇万づつを支出していると主張しているのであるがこれは要するに同年度において各五〇〇万円の所得は減算さるべきであると云うに帰する。

従って検察官は損益計算法によって立証しているが、同じく所得の立証として財産増減法によっても立証出来る訳であるから、弁護人としてはこの財産増減法によってその反証をしている次第である。

弁護人の反証としての財産増減法によれば、被告人は知人の田村殖に対し簿外金で、

昭和四一年一〇月頃 金一、五〇〇万円を貸付け

同 四二年 五月頃 金 五〇〇万円の返済を受け

同 四三年 九月頃 金 五〇〇万円の返済を受け

同 四四年 六月頃 金 五〇〇万円の返済を受け

たものであると云う。右何れも同年度における貸付金勘定につき、国税当局においてこれを把握せず計算に入れてないのであるから昭和四一年度において貸付金は金一、五〇〇万円増となるが昭和四二年、四三年、四四年度においてそれぞれ減となり、他の勘定科目には何れも変更はないので、右相当金額の所得が減となる筈である。

ところで右事実は、何れも証人田村殖の証言及び被告人の供述により明瞭であろう。

証人田村殖の第一審における証言は、四年乃至八年前の出来事を供述しているため部分的には不正確な点もあるが、証人でなければ体験出来ない事実、即ち被告人との出合い、金を借りるに至った事情その必要性、使用方法、使用先についても実に具体的に生き生きと証言し、公訴事実に該当する昭和四三年度、昭和四四年度の返済分については何れもその資金源を明らかにしその資料を第一審裁判所に証拠として提出している。

唯対象年度外であった昭和四二年度の五〇〇万円の返済については、その一部をどこかの金融機関で借りたとの事のみ記憶があってその詳細を想い出さないまゝ、被告人側よりその資料提出方を急がれたので、安易に農協よりの借出し証明書を提出したが、検察官の反面捜査により、その一部虚偽性が発見され、偽証だとして厳しく御取調べを受けるに至り、証人田村は一層発憤して調査を遂した結果、その資金が、日高信用金庫の預金口座である事を発見し、その旨再証言し、その資料を提出するに至った次第である。(第一六回公判調書)

捜査の嘱託を受けた札幌地方検察庁の検事より、証人田村は偽証罪と云われ、厳しく御取調べを受け、成る程、農協よりの借入金の一部は間違いはあったが、その他の点、大筋において間違いはない事により、再び北海道よりわざわざ証人として出廷して正しい証言をしているのであって、自分が全般として嘘の事実をでっち上げているのであれば、その一部において、顕著な虚偽が発見された以上、全般にわたり、その虚偽が暴露する事を慮れるのが通常であろうから、敢てわざわざ北海道より被告人の為、在廷証人として、偽証罪迄覚悟して出廷するのであろうか。火中に栗を拾う必要はないからである。

然るに原判決では「昭和四一年一〇月頃の田村殖に対する一、五〇〇万円の貸付についても、その貸付及び返済に関する証憑書類は全く存しないのであって、諸般の状況に照らし原審証人の田村殖の供述や被告人の供述のみから、これを認めることは出来ない」としている。

然しながら証憑書類が存しない場合には事実の真相を明らかになし得ないと云うのでは余りにも形式的に過ぎる。

これは起訴された以上、被告人は有罪の推定を受けていると云う事になる。

本来被告人は無罪の推定を受けているのであるから証憑等の存在はなくとも反証に沿う証人の証言や被告人の供述がある限り、これを打ちやぶるに足る検察側の再反証がない限り、被告人は無罪となるべき筋合である。

成る程、田村証言の内、昭和四二年の五〇〇万の返済につき、その資金源としての農協よりの借出し証明書につき、一部虚偽性が発見されたらとの再反証はなされたが、昭和四三年、昭和四四年度の各五〇〇万円の返済については何らの反証もなされていない。

昭和四二年度の点については前述したとおり、その証言を訂正している。

凡そ、生きた世の中には、必ずしも証憑を完備しているとは云えない。特に本件で使用した金は、裏金であって、而も貸借の相手方は競争馬を売る馬主であるから、将来その馬が順調に育って優秀な馬となるか否かは、一つに相手の馬主を信用する外はない。その上借主である田村は相当の牧場の持主であることも判っているのであるから、これらに金を貸す場合、必ずしも形式的借用書を徴収することなく又返済される金が五〇〇万円宛であるから記録に止めなくとも数額的に明瞭で忘れることもあり得ないことであるから、特に書類を交換もしなかったとしても不思議ではない。

一般に貸借につき、借用証等の書類をとりかわすのは将来の紛争を考慮しての事であるから、親子、親戚、友人間等信頼している間柄においてはその必要のない事は明瞭である。

本件においては前述の如く深い信頼関係がなければ取引の出来ないものであるから、その間に証憑書類の取かわしのなかった事は何ら異とするに足らず、正に経験則に則ったものと云わねばならない。

原判決にはこの点において経験則に違反したものである。

第二点 原判決は著しく量刑不当である。

被告人は今回の事件につき、その大部分を卒直に認め、国税局の調査にも進んで資料を提出して、その調査に協力している。又かかる事件を犯した事につき、心から深く反省し二度と再びかゝる違反を犯さないと誓って居る。又ほ脱税金も国税当局の承諾のもとに着々と分割納入し、第一審当時より、金九、二五六、七二〇円も納入している。

然して本件と同質で、本件より違反対象年度の多い被告人美濃正雄に対する原審判決に比しても即ち、

美濃正雄

第一審

求刑 懲役一年六月 罰金四、五〇〇万円

判決 〃一年(執行猶予二年)罰金四、〇〇〇万円

第二審

判決 〃一年(執行猶予二年)罰金三、〇〇〇万円

本件

第一審

求刑 懲役一年六月 罰金四、〇〇〇万円

判決 〃一年(執行猶予二年)罰金三、五〇〇万円

第二審

判決 一審どおり

と云うのである。

従って原審は量刑過重に失し不当と云わねばならない。

添付書類

1 美濃正雄に対する

一、起訴状写 一通 省略

一、第一審判決書写 一通 省略

一、第二審判決書写 一通 省略

2 本件

一、起訴状 写 一通 省略

一、第一審判決書写 一通 省略

一、第二審判決書写 一通 省略

3 昭和五一年二月一〇日現在より同年五月一〇日現在迄のほ脱税金納入状況書

一通 省略

4 右税金納付書 一二通 省略

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例